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最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)54号 判決

熊本県八代市日置町一二六番地六

上告人

田上秀逸

右訴訟代理人弁護士

三浦宏之

熊本県八代市花園町一六番地二

被上告人

八代税務署長 内田健

右指定代理人

渡辺富雄

右当事者間の福岡高等裁判所平成六年(行コ)第二号所得税決定処分等取消請求事件について、同裁判所が平成六年一二月一五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人三浦宏之の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立つて原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成七年(行ツ)第五四号 上告人 田上秀逸)

上告代理人三浦宏之の上告理由

原判決は、以下に述べるように、憲法第三一条、同第八四条に違反するとともに、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反、すなわち採証法則の適用の誤りと重大な事実誤認があるから、破棄されるべきである。

一、昭和六三年法律一〇九号による改正前の所得税法(以下単に法という)においては、有価証券の譲渡による所得は、原則として非課税とされている。但し法及び昭和六二年政令三五六号による改正前の同法施行令(以下単に施行令という)は、例外として、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得のみを課税の対象とすることとし、その基準として、施行令二一条一項は、有価証券の売買の回数、数量又は金額、その売買についての取引の種類及び資金の調達方法、その売買のための施設その他の状況に照らして判断するものとしているが、これを受けて、同条二項は、当該年中における株式等の売買の回数が五〇回以上であり、かつその売買した株数等の合計が二〇万以上であるときは、右取引は営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とする旨規定して、形式的基準を定めている。

したがって、右の形式的基準に該当する場合には、実質的基準の如何を問わず、営利を目的とした継続的な取引による所得として課税の対象としているのである。また、この基準に該当しなければ、課税原因の発生する理由は、他にはないのである。

二、しかしながら、右形式的基準に該当すれば、継続的な取引による所得とされ、法の有価証券の譲渡による所得非課税の原則にもかかわらず、その形式性の認定によって、本来非課税であるべきものが、例外として課税の対象とされるのであるから、その解釈、適用については厳格になされなければ、法定手続きの保障、租税法律主義に違反することになることは明らかである。したがって、たとえば、売買回数について、売買回数の取扱に関する個別通達(昭和四六年一月一四日付け直審(所)2、直所1-1。甲第二九号証)によれば、一括して二以上の銘柄の注文があった場合及び一銘柄の注文であってその執行が日を異にして二回以上にわたることが予め明らかである場合に注文伝票総括表を作成することになっているが、注文伝票総括表は、非課税を原則とする法を離れて形式的基準の要件を不当に拡大させるものではなく、一つの委託契約に基づく売買取引であることを立証する一つの手段にすぎないのであるから、安易に、このような個別通達を根拠にして、法の委任の範囲を超えるようなことがあってはならないのである。

三、ところが原判決は、この形式的基準の適用にあたって、顧客が証券会社に委託して株式等の売買を行った場合における売買の回数は、証券会社が当該委託に基づき行った取引に係る銘柄数又は取引回数の如何にかかわらず、証券会社との間の委託契約毎に一回と算定されるべきものであると正当に判断しながら、結局、その事実認定において、採証法則と証拠の評価を誤り、事実誤認の誤りを犯しひいては憲法三一条、八四条に違反しているのである。

すなわち、原判決は、「委託契約の個数の算定は畢竟当事者の意思解釈の問題であるが、一般的には、株式の銘柄、値段、数量、売付けと買付けの別、注文の有効期間等を要素とする顧客からの注文の回数に帰一するものということができる。そして、これらの要素を異にすれば原則として別個の注文と認められるし、また注文の日時が異なるときは別個の注文と解される」との一般論を述べた上で、例外として注文伝票総括表が存在する場合の取扱に触れ、これが本件では存在しないからとして、結局、「注文伝票は顧客からの注文の回数を正確に反映しているものと認めることができるから、委託の回数は注文伝票が作成された回数を基礎に算定するのが相当である」として注文伝票ごとに一つの委託契約と判断している。その根拠としては、「注文伝票の性格や作成目的、その記載内容及び作成方法等に鑑みれば」とされている。しかしこの判断は、注文伝票は顧客からの注文の回数を正確に反映しているものではないにもかかわらず、それを無視した観念的なものであって、合理性を欠いている。すなわち、

第一に、注文伝票は、あくまで、証券会社の市場への取次ぎの結果の記録である。顧客からの注文内容は、証券取引所の委託契約準則(乙第六号証)に定めるところであるが、例えば、本件注文伝票における委託注文の有効期限は全て白紙のままであり(乙第一、同第二号証)、一つの委託契約が正確に記載されていないのである。また、とりわけ、本件で問題となっているような複数銘柄の同時注文や同一銘柄の日を異にする執行については、一個の委託契約でも複数の注文伝票を作成することになっており、顧客の注文(意思)を本来的に反映できないのである。第二に、注文伝票が法定書類であって、顧客とのトラブル防止の目的で作成されているとしても、これは顧客への交付を目的としない証券会社の内部資料であることにかわりはなく、また前記一括注文について、同一機会の注文であることを明確にする担保は制度的に存在していない。証券会社に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第五二号)一三条に、証券会社の注文伝票の作成、保存義務が定められているが、例えばトラブル防止にしても、受注日時欄の記載がその意味を持つのは、無断売買の防止であって、本件のように約定どおり執行されていて、その注文日時が問題となるケースでは意味をもたないのである。それゆえ、短絡的に売買報告書と同じ取扱ができるということにはならないのである。もちろん、注文伝票が、注文の都度作成される原始的記録でもないことは打越証言からも明白である。第三にこの注文伝票は、原則として当日限りにおいて利用されており、その日に執行できなかった未出来分につては新たに起票していたために、内出来表示は、一口注文が指値の内出来である場合以外には、実際には行われていなかったのである。「何分の何」についても同様である。第四に、打越証言及び鮫島証言からも明らかなように、例えば、当日の後場終了後、翌日の前場開始前の時間帯に、翌日の成行注文が出された場合に、証券会社の担当者は、その注文を受けた時刻とは限らず、市場に取次ぎ可能な時刻であればそれを適当に記載しているのである。このように担当者には成約重視という目的があるため、委託の趣旨に反しない限りでの裁量が存在するのであり、この裁量の幅で注文時刻を記載しているのが実態である。このことは、証券会社の顧客の意思の実現(市場への取次)の正確性は示しているとしても、実際の注文の日時と注文伝票の受注日時との間には相当のズレが生じているのである。これを全く捨象して、例えば受注時刻が一分でも異なれば別の委託契約と認定することは事実誤認であるし、証券取引の実態に全くそぐわないのである。

このような本件において、注文伝票にのみ基づき委託契約の個数を判断することには、採証法則の誤りとそれに伴う重大な事実誤認があるのである。

四、さらに、かかる判断は法及び施行令の解釈を誤り、憲法三一条、同八四条に違反している。

施行令の形式的基準の適用にあたって、これを厳格に解釈、運用すべきことはすでに第二項において述べたが、前記個別通達はもともと日本証券業協会連合会の自主規制ではあるが、基本通達の範囲内で立証手段の一つとして注文伝票総括表を国税庁長官が了解し、あわせてこの注文伝票総括表の作成を会員に通知したことを通達として示している。しかし個別通達の趣旨解釈として、売りまたは買いの注文が同一機会における一括のそれである場合には、たとえ複数の伝票が作成されていても一個の注文とみるべきとしても、法令に根拠はないから、この個別通達制定の沿革からみても、個別通達の趣旨解釈として、委託の回数を注文伝票が作成された回数として算定することはできない。また、注文伝票総括表作成上の注意事項及び「注文伝票」の表示方法等の趣旨を援用して注文伝票の正確性の有無を評価することも違法である。本件の課税処分が、原則非課税の例外の適用の問題であることからしても、法定手続の保障、租税法律主義の観点からは、通達も厳格に、したがって顧客に不利益を及ぼさないように、解釈されなければならない。

ところで、所得税基本通達九-一五(甲第三〇号証)の注書きによれば、一つの委託契約に基づいて行われたものであるかどうか明らかでない場合には、売買報告書によるとされているのである。そしてその解説によれば、そもそも注文伝票総括表を利用するとされているのは、委託契約の個数について、本来は証券会社の内部記録、例えば注文伝票又は顧客からの注文を受けた担当者の手控帳等から明らかにされるべきことがらであるが、これによる立証が困難とされているからである。特に本件で争点となっているような、同一機会に、売付けまたは買付けを行う売買立会時を異にする注文をする場合、あるいは執行条件を異にする注文を出した場合や、複数銘柄について同一機会に注文を出した場合には、一枚の注文伝票に一括してこれを記載することは不可能であることから、注文伝票では委託契約の個数を判断することが不適当であることが前提とされているのである。そして、その場合に売買報告書を基準とするとしているのは、前記厳格解釈の趣旨からも、また売買報告書が顧客の検証を経た唯一の法定書類であることからも、当然のことである。

なお、課税実務における法令の規定を受けた解釈基準である基本通達であっても、前述した法定手続の保障、租税法律主義に違反してはならず、この観点からすれば、この基本通達は、次のように解釈されなければならない。すなわち、売買が一つの委託契約に基づいて行われたか否か明らかでない場合には注文伝票によるべきではなく、同一銘柄の取引で、同一日付の売買報告書が二以上ある場合には、その日の当該銘柄に係る取引は売買報告書の数の如何にかかわらず一回とするとされているのであるから、このことは、売買回数算定について売買報告書が基準となり、その算定にあたって、約定日を形式的な基準とすることを意味している。なお、この基本通達の「売付けまたは買付けの別にそれぞれ一回とすることができる。」「(複数銘柄については同じ一枚の)売買報告書に記載されている取引ごとに一回とする。」については、特に売付けまたは買付けの別にそれぞれ一回とするという法令上の規定は、この部分にしかないのであって、委託契約としては、売りと買いを含めて一個と算定されるべきである。これによってはじめて、回数算定の基準が厳格に運用されることになるのである。

なおここで留意すべきことは、証券会社に委託して株式の売買を行った場合、一任勘定取引を除いて施行令二一条二項一号の形式基準である売買の回数は、証券会社が当該委託に基づき行った取引に係る銘柄数又は取引回数の如何に係わらず、証券会社との間の委託契約ごとにそれぞれ一回とする規定であって、証券会社の取引ごとに算定するのではないことである。

そして、約定日を基準として委託契約の個数を算定すれば、売りと買いを別個の委託契約と区別しなければ、昭和五九年は三八回、同六〇年も三八回となる。また、売りと買いをすべて別個の委託契約として算定した場合であっても、昭和五九年度は五一回であるが、少なくともこれから、第一審判決の別表(以下別表という)二の31、33と44、45は各一回の委託契約であることは明らかであるから、二回を引いた四九回となる。また昭和六〇年度は五三回であるが、別表三の3、4、5と6、8と24、25及び67、68と69、70は各一回の委託契約であることが証拠上明らかであるから、五回を引いた四八回となるのである。

五、上告人はもともと注文伝票総括表による立証は一つの手段であって、被上告人のいう非課税の構成要件とは認識していなかったし、基準となる委託契約の意思を注文伝票では立証できないので、委託契約締結の目的と資金の性格の透明性を基調において経済的合理性で立証してきた。これについては、調査の発端において上告人が任意提出した証券会社の作成に係る株の取引経過を記録した顧客勘定元帳(法定帳簿であり、売買報告書の控である。甲第一〇号証の一ないし五、同一一号証の一ないし五)を課税資料として、売付け、買付け別にそれぞれ分けて事務用紙に記載して、「平成五九年分については六二回、昭和六〇年分については六九回でそれぞれ五〇回以上であり、所得も両年分とも約五〇〇万円程あるので、これが非課税所得であると主張するからには、注文伝票総括表によって非課税構成要件を充足していただかねばならない、これによって売り又は買いの注文が同一機会における一括のそれであることを立証できなければ修正申告の必要がある、また注文伝票総括表がなければ、注文伝票による立証が考えられる」と言われ、上告人としても修正申告をもって事実上の強要を受けて、証券会社に対して、「税務調査上必要」という理由で、注文伝票の交付を申し出ることになったのである。しかしながら、被上告人はこれを契約の意思解釈の事実上の認定資料としている。他方でそれと同時に提供した売買報告書及びアンサー等を税務調査上不要として、証券会社のお墨付きの売買回数と共に否認している。被上告人はなぜ注文伝票を最初から求めたのか。これが、被上告人の唯一の物証とされていることからして、ここには租税法上の手続きに「強要」の事実があったことが十分に認識可能である。また最終処分庁である国税不服審判所長は、国税庁長官が発した通達に示されている売買報告書による回数の算定をせず、注文伝票に基づいて回数の算定を行ったことは、法令と異なる解釈により裁決を行ったことになるが、これは国税通則法第九九条に違反し、不公平な処分を行ったことになり、法の手続きを誤った違法がある。このような租税法上の手続の違反が生じたのは、被上告人が個別通達の規定は売買回数の唯一の証明手段でないという事実(甲第五号証の二)を全く無視して、注文伝票総括表を非課税の構成要件と解釈したこと、そして、所得税法の委任事項である施行令二六条一項の実質基準を、同条二項の形式基準と並列的に考えて、継続的取引の該当性を判断していたことに原因がある(甲第一二号証)。また被上告人が、顧客勘定元帳をもって売買回数を算定すべきであるとの上告人の主張を拒否し、顧客勘定元帳が売買報告書の控である事実を無視して、これを市場に注文を入れた結果等を集計していく二次的性格のものであると主張するのも、被上告人が証券市場及び取引の実態を把握していないからである。しかし一方で、被上告人は課税処分の決定においては、顧客勘定元帳を基準にして、売買回数は昭和五九年分は五一回、昭和六〇年分については五三回としていたこともまた事実であり、処分庁においても本件当時その判断基準は確定していなかったのである。

要するに、基本通達では売買報告書によるとされていたのであるから、それをわざわざ改めて、先例のない注文伝票によって算定する必要は全くなかったのである。

六、以上述べてきたように、原判決は、基本通達の趣旨を一顧だにせず、しかもどちらかといえばその下位にある個別通達の注文伝票総括表のみを重視しこの不作成を理由に、信用性の乏しい注文伝票を基準として採用するとともに、事実上立証責任を転換し、これに対する反証を上告人に求めており、これは採証法則を誤り、ひいては法の解釈を誤り、結果として算定基準の厳格な適用を求めた、法定手続の保障、租税法律主義に違反するものとなっている。

このように、原判決は、憲法三一条、同八四条に違反し、また採証法則の誤りと重大な事実誤認があるから、原判決は破棄されるべきである。

以上

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